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「孫の成長報告を」震災で母失った娘ら、鎮魂のつどい初参加へ(産経新聞)

 阪神大震災の犠牲者を追悼するため、神戸市中央区の東遊園地で毎年1月17日に開かれる「1・17のつどい」に今年、初めて参加する遺族がいる。兵庫県芦屋市の自宅で亡くなった坂田温(みつ)さん=当時(62)=の長女の勘角(かんかく)玲(52)さんと、次女の東根薫(50)さん。午前5時46分に、亡き母に鎮魂の祈りをささげる。

 温さんの夫、健さん(78)は15年前の家族写真を今も居間に飾っている。撮影日は平成7年1月3日。温さんの62回目の誕生日だった。芦屋市の自宅には玲さん、薫さんの家族も集まり、カメラ好きの健さんが撮影した。温さんは愛しい孫に囲まれ、笑顔で写真におさまった。わずか2週間後に悲しい別れが待っていようとは、だれも思わなかった。

 震災当日、健さんは中国出張から帰国する途中だった。機中のテレビが、犠牲者の名前を伝える中に、温さんの名があった。

 「信じられない。何が起こったのか」。数日かけて自宅へ戻った健さんを待っていたのは、静かに眠る温さんと、「パパごめん。どうにもできなかった」と涙を浮かべる娘たちだった。

 悲しみにくれた健さんが写真のことを思いだしたのは、温さんの葬儀を済ませた後だった。出張に“同行”したため難を逃れたカメラ。写真の中の温さんは、やさしくほほえんでいた。

 長年開いていた書道教室で、子供からお年寄りまで多くの生徒に慕われた温さん。「よくけんかもしたけど、しっかり者の明るい妻だった。毎日『妻がいてくれたら…』と思ってしまう」と話す健さん。だが、震災から年月もたち、気持ちや生活も落ち着いてきた。昨年12月に、薫さんの勧めもあって東遊園地の「慰霊と復興のモニュメント」に温さんの名前を刻んだ。

 玲さんは「銘板に母の名を刻んだことで、ようやく震災と母の死が結びついた」といい、17日に東遊園地を訪れることにした。震災当時、生まれたばかりだった薫さんの次男は高校1年生。「母にかわいがってくれた孫の成長を報告したい」と薫さんは話した。

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